東京・北陸金沢でリトリーブサイコセラピーという
心理療法で心に安心感を育てるセラピーをしています
垣内満寿美です。

 

 

 

こんにちは!
みなさん。。。ちょっと知っていましたか?
マック(関西の人はマクドですよね)のポテトSサイズしかないことを!!!!!

 

 

先日、個人セッションの後に今日はマックにしよう♪とルンルンでマックに行くと
セットのポテトがSサイズでした。

 

 

え??と思いながらもいたのですが、どうも販売制限がかかっているという話・・・
自宅について、(´・ω・`)ショボンとしながら、Sサイズ2個頼めばよかった。と
思いながら、ジャンクフードは美味しい!と久しぶりのマックを味わっていました。

 

 

 

 

 

セッションをすると、必ず濃い味付けのものを食べたくなるのは
リトリーブのセラピストあるあるだそうです。笑

 

 

 

 

しばらくわたし自身の気づきやセッションを通して感じたこと。
私自身のことも含めてブログを書きたいと思っています。
ぜひ、お付き合いいただけたら幸いです。

 

 

 

 

 

さて、今日は「妥協して生きる その②」をテーマに書いてみたいと思います。

 

 

こちらは先日のブログの続き 「妥協して生きる ~その①~」

 

妥協して生きている人はそもそも諦めている人が多いですというお話でしたね。
さて、何を諦めているのでしょうか?

 

 

・自分の意見を通すこと
・自分を優先すること
・自分の欲しいものを手にすること
・自分を1番にしてもらうこと
・自分を好きになってもらうこと
・嫌だということ

 

自分には何が当てはまりますか?

 

 

そして、諦めている人はどこかで諦めながらも実はものすごく
頑張って努力している人もいます。

 

 

最初から諦めているのならば、何も手に入らないことは承知の上だと思いますが。
どこかで本当はそれが欲しいと望んで、がんばって努力しているのに
報われないことが起こると、更に・・今以上に絶望していきます。

 

 

どこかでがんばっても報われないという思いがぬぐえない。
でも、欲しいから頑張る。でも、報われない結果が訪れることが頭をよぎる。

 

 

じゃぁ。なんにために頑張っているのか?それすらわからなくなります。
それが積み重なっていくとそもそも「自分は何のために生きているんだろう」
そんな気持ちになるかもしれません。

 

 

 

 

 

だって、どんなに頑張っても報われない未来のために、人は頑張れるでしょうか?
そのうち、自分がしていることが虚しくなります。

 

 

自分がやっていることが、最終的に絶望感にしか繋がらないのだとしたら・・
求めることすら馬鹿らしくなってしまいます。

 

 

そうなると、結論「諦めたほうが楽」という着地点に行きつくのではないでしょうか?

 

 

 

 

 

楽は楽だと思います。
期待すればするほど、その落差は大きいでしょうからね。

 

 

でも、欲しいものは一生手に入りません。
だって諦めているから・・・・

 

 

 

だからね、何をするか? 欲求を閉じます。

 

 

 

 

欲求とは?  ほしがり求めること。ある物を得たいと強く願うこと。

 

 

自分で手に入るものなら、頑張って手に入れたかもしれません。
学校の成績、友達の数・・かけっこの1番。

 

 

 

でも、人から与えてもらうものはもしかすると諦めているからもしれません。

 

 

・助けてもらうこと
・安心させてもらうこと
・もたれかかること
・抱きしめてもらうこと
・目と目を合わせてもらうこと
・安心感の中で眠らせてもらうこと
・なにもしなくても居てもいいと言ってもらうこと

 

 

この感覚を幼少期から諦めてきた。そんな記憶はありませんか?

 

 

 

これは、子供にとって怖いことなんです。
不安や怖いことから、大人に守ってもらえていないので
世の中って怖いことがいつ起こるかわからない。

 

 

そんな不安や恐怖を持ち続けてしまいます。
大人に安心させてもらっていないからです。

 

 

 

 

 

大丈夫だよ。守ってあげるよ。と声をかけてもらっていないんです。

 

 

 

いつも心はおびえながら生きているのかもしれません。
安心という世界を知らないのかもしれません。

 

 

 

子供って本来、親が必死で命を守ってくれる世界の中で生き始めます。
赤ちゃんは、息をすることと、泣くことしかできないからです。
最大限できることをしても、助けてもらえないとなると・・・
何もできない自分に対して、無力感と諦めの感覚しか体感に残らないからです。

 

 

だから、こういう人は「自分を大事にしましょう」と言われても
ピンときません。

 

体感がないからです。
それは、自分が悪いのではありません。
与えられるはずのものが与えられず、育てたくてもないので育てられないのです。

 

 

安心感は体感です。考えて安心できるのではないのです。

 

 

ぜひ、心理セラピーで心と体に安心感を入れていく。
その安心感を自分で育てていくことを体感してほしいと思います。

 

 

 

今日はここまでです!
いつもありがとうございます。

 

リトリーブサイコセラピーは自分を取り戻すセラピーです。
大切な命の連鎖を、辛い・苦しい連鎖を終えることは
自分が自分を取り戻して、自分を生きること。

 

 

 

リトリーブサイコセラピーは過去の親子関係を取り扱いますが
未来クライアントさんがどう生きたいか?と未来に向ける心理セラピーです。

 

 

 

 

わたくし、垣内も東京を中心にセラピーを行っております。
地元の金沢でもセラピーを行っておりますので、北陸の方も
お気軽にお問合せ下さいね (^-^)

 

ぜひ、心理セラピーや講座をご利用くださいね(^-^)

 

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